離婚後に婚氏続称をしたけれど、両親・親戚との関係、仕事の関係、新しい生活のため等の理由で、旧姓に戻すことを希望する方も多いでしょう。旧姓に戻すためには、「やむを得ない理由(やむを得ない事由)」を裁判所に示すことが必要です。しかし、旧姓に戻す場合は他の場合よりも、「やむを得ない理由」が幅広く認められています。
この記事では、通常の氏の変更と旧姓に戻す場合の違いを過去の裁判例から解説して、裁判所が審査する「やむを得ない理由」のポイントについて、例をあげながら説明します。
氏の変更許可の『やむを得ない理由』とは
まず、一般的な氏の変更許可を得るための『やむを得ない理由(やむを得ない事由)』を見ていきます。
戸籍法107条1項の『やむを得ない事由』とは、氏の変更をしないとその人の社会生活において著しい支障をきたす場合、だとされています。
戦後、戦前の民法・戸籍法から新しい民法・戸籍法が定められ、昭和20年代後半から氏の変更について重要な裁判例があって、現在もこの考え方が継承されています。
裁判例から見た旧姓に戻す場合の『やむを得ない理由』とは?
氏を変更するための『やむを得ない理由』は厳しく判断されますが、旧姓に戻す場合はいくつもの判例で条件が緩和されて、現在はよほどのことがなければ許可されています。
昭和51年の民法・戸籍法の改正前は離婚時に必ず婚姻前の氏に戻っていたので、旧姓に戻すための氏の変更許可は、そもそも問題になりませんでした。しかし、改正以降、離婚時に婚氏続称した人がその後の状況の変化で、婚姻前の氏に戻したいと考える人が現れ、昭和の50年代後半から平成初期にかけて、家庭裁判所の許可・不許可の判断が分かれた後、いくつかの高等裁判所の判断があり、広く旧姓に戻ることが許可されるようになりました。
旧姓に戻す場合の『やむを得ない理由』は幅広く解釈される。(昭和58年の東京高等裁判所の裁判例)
離婚時に、手続的な必要性があったので、婚姻中の氏を名乗り続けて方が、手続きが終わった後に、婚姻前の氏に戻そうと家庭裁判所へ旧姓に戻すための氏の変更許可申立をしました。しかし、家庭裁判所が許可しなかったので、高等裁判所へ不服を申立て、高等裁判所は旧姓に戻すことを許可しました。
高等裁判所は、
法律の原則はあくまで離婚により復氏することにあるのであるから、本件申立は法律の原則に沿うものというべく、なんら関係のない氏を創設しようとする場合と異なり、これを認めうることによって社会生活上の混乱ないし弊害が考えられないばかりでなく、却って婚氏を将来とも称することによって社会生活上の混乱ないし弊害が生じるおそれが多分にある。
法律の原則に沿い復氏を求める氏の変更申立は、これによって格別の支障が生じない限り、戸籍法107条1項に定める『やむを得ない事由』を緩和して解釈し、これを許可すべきである。
と判断して許可しました。
要約すると、(無関係な氏ではなく)旧姓に戻すことは法律の原則に戻ることであって、社会的な弊害は考えられない。むしろ、婚氏を続称し続けることが社会生活上の弊害が考えられる。だから、『やむを得ない理由』を広く解釈して、特に問題が発生しないようであれば、旧姓に戻すことを許可すべきだ、ということです。
事情として、この方が手続き的な必要があると考えたことが間違えで、婚氏続称をしても、旧姓に戻っていても、手続きは問題なくすることができました。裁判所は、これが申立てをした方の落ち度だと指摘していますが、落ち度があっても悪意があるわけではないと考えたうえで、『やむを得ない理由』があるものとして、旧姓に戻すことを許可しています。
婚氏続称の理由、旧姓に戻そうと考えた動機はあまり影響しない。(平成3年の大阪高等裁判所の裁判例)
昭和58年の東京高等裁判所の方と違い、特に理由はなく婚氏続称した方が、離婚後10年以上経過した後に、郵便物の誤配送や同居する両親と氏が違うことを説明することが煩わしいと考え、家庭裁判所へ申立て、許可されなかったので、高等裁判所へ不服申立をしたケースです。
大阪高等裁判所は、まず婚氏続称と戸籍法107条1項の法律的な意味について、離婚によって婚姻前の氏に民法上は戻っているが、婚氏を続称する必要性(例えば未成年の子供の氏の関係)があるので、例外的に婚氏続称が認められていて、婚氏続称届をしても戸籍の表示上の氏を婚姻中の氏にしているだけだ、としました。
あくまで戸籍の表示の問題であることを前提に、
このような見地からは、離婚をして婚氏の続称を選択した者が、その後婚前の氏への変更を求める場合には、戸籍法107条の『やむを得ない理由』の存在については、これを一般の場合ほど厳格に解する必要はない
と示して、日常生活上の不便・不自由があることで、『やむを得ない理由』があるとして、旧姓に戻すことを許可しました。
特に3番目のポイントは、通常の氏の変更と比べて、とても重要な点だと考えます。
一般的な許可しない事情がある場合は、旧姓に戻す場合も許可されない。(平成6年の福岡高等裁判所の裁判例)
平成6年の福岡高等裁判所の判断はいままでの裁判例を踏襲して、旧姓に戻す場合は、一般の氏の変更の場合よりも、『やむを得ない理由』を緩やかに解釈すると判断して、旧姓に戻すことを許可しました。
婚氏続称は離婚後3か月間の考慮期間が設けられていて、その間によく考えて慎重に婚氏を続称を選択するべきで、そのうえで選択した以上は氏の変更の従い、旧姓に戻す場合を特別扱いする理由はないという見解があることを紹介し、
しかし、現実には、婚氏続称の選択に至る事情として、制度についての無知や自らの意思に反しつつも婚氏を選ばざるを得ない場合など様々なものが存在するから、厳格な解釈により婚姻前の氏への変更の道を閉ざすよりも、緩やかな解釈をとりつつ、それによる申立乱用の弊害の防止策を考慮するのが相当である。
として、
婚姻前の氏への変更の申立てが恣意的なものでなく、かつ、その変更により社会的弊害を生じるおそれのないような場合には、婚姻前の氏への変更を許可するのが相当である。
と旧姓に戻すことを許可しました。
どういった場合がこれにあたるかは、具体的に挙げられていませんが、一般的に氏の変更が許可されない、犯罪歴や破産歴を隠すために氏の変更をするような場合や、頻繁に氏名を変更しているような場合は、旧姓に戻す場合であっても許可されないものと考えられます。
申立書に書くべき『申立の理由』の要点
ここまで、旧姓に戻す場合は、『やむを得ない理由』があると裁判所に認定されることは難しくないことを解説してきました。申立ての理由の書き方は特に決まっていませんが、ポイントを押さえて申立の理由を書くことで、スムーズに手続が進み、許可を得ることができると思います。
申立の理由の書き出しの書き方
申立書の書き出しは特にこれといったものがありません。どこに住んでいる、どういった人であることがわかる、簡単な自己紹介のようなもので十分だと思います。
たとえば、「東京都千代田区に住む公務員です」、「札幌市東区に住む会社員です」、「大阪市淀川区に住む自営業者です」、「福岡市博多区に住み、派遣社員として働いています」とあれば、十分です。
『やむを得ない理由』の説明
やむを得ない理由にあたる部分はしっかりと書くべきです。今までの経緯を説明しながら、なぜ婚氏続称を選んだのか、なぜ今旧姓に申立をするのかを説明すると良いでしょう。
もし、旧姓を通称氏として名乗っているようであれば、いつ頃から名乗っているのかを説明して、証拠資料を用意すると、なお良いです。
なお、許可されない事情がないことを説明する必要はありませんが、万が一、許可されない事情がある場合は、専門家に相談することをお勧めします。
申立の理由の締めの文章
これも決まったものはありませんが、専門家は「よって、申立人は、申立人の氏を「旧姓」に変更することの許可を求めて、本申立をします」とすると思います。
「今までに申立の理由に書いてきた理由があるので、旧姓に戻すことの許可をください」といった風に、論理的にまとまっていればなんでも構いません。
まとめ
旧姓に戻す場合の『やむを得ない理由』は、今までの裁判例から、婚氏続称をした理由、旧姓に戻す動機のいずれも厳格に審査されず、緩やかに許可を得ることができます。ですので、申立の理由では、ポイントを押さえて時系列に沿って、ひとつずつ説明していけば、大きな問題になりません。
ただし、氏の変更が許可されない一般的事情があるような場合や、何度か結婚と離婚をしていたり、結婚後に養子縁組をしているような場合は、慎重に対応することをお勧めします。