氏の変更に必要なやむを得ない事由:成功と却下の事例

あなたは氏の変更を検討していますか?裁判所の氏の変更許可を得るためには「やむを得ない事由」が必要になります。裁判所は、「やむを得ない事由」を厳格に考え、許可するかを判断します。裁判所の申立書記載例から、許可された/許可されなかった例を解説します。あわせて、記載例にはない事例も解説します。

東京家庭裁判所が提供している申立書の記載例では、以下のとおりの理由を例に挙げています。このうち、1.婚姻前の氏にしたい、2.婚姻中に称していた氏にしたい、3.外国人配偶者の氏にしたい、6.外国人の父・母の氏にしたいの4つの理由は、独立した記事として投稿しているので、そちらをご覧ください。

婚姻前の氏にしたい

婚姻前の氏にしたいとは、離婚した時に戸籍法77条の2の届出をして、離婚後も婚姻中の氏を名乗った人が、その後、事情が変わって婚姻前の氏に戻したい場合です。

この場合は、過去の裁判例で「やむを得ない事由」を幅広く認められるようになっていて、よほど大きな問題がない限りは、裁判所は氏の変更を許可します。

婚姻中に称していた氏にしたい

婚姻中に称していた氏にしたいというのは、離婚後に旧姓にもどった元配偶者が、何らかの事情があって婚姻中に名乗っていた氏へ、戸籍上の氏を変更したい場合です。

この場合は、原則どおり、氏の変更をしなければならない「やむを得ない事由」を裁判所に認めさせなければなりません。しかし、離婚からあまり時間が経っていない場合は、比較的容易に許可を得ることもできます。

外国人配偶者の氏にしたい

外国人配偶者の氏にしたいという理由は、外国人と結婚してから6か月以内に戸籍法107条2項の届出をしなかった人、又は変更するべき氏と日本人配偶者の戸籍に記録された外国人配偶者の氏が完全一致しない場合です。例えば、南米等スペイン語の文化の場合は、配偶者が名乗る氏は結婚相手の氏とは部分的に同じですが、完全一致しない場合がおおいです。このような場合は、裁判所の許可を得て相手方の母国で正しい氏に変更することができます。

この場合は、結婚から長い時間が経っているような場合を除いて許可されます。しかし、スペイン語の文化のように戸籍の記録と完全一致しない場合は、裁判所へ相手方の母国での氏の取扱をしっかり証明する必要があります。

奇妙な氏である/難しくて正確に読まれない

氏の奇異、難読、難書は人の主観によるとことが強いです。そのため氏を変更したい人の氏が、氏の変更のためのやむを得ない事由にある奇異、難読、難書あたるかどうかの基準として、昭和44年の名古屋高等裁判所裁判例があります。

名古屋高等裁判所は、「本人の主観では奇異だと感じる」、「よく氏の読みを確認される」、「漢字が常用漢字に含まれない」、「本人ですら誤記をする」では、やむを得ない事由には当たらないと判断しています。

また、特に最近は、厳しく判断する裁判官が増えていると感じていて、「奇妙な氏である/難しくて正確に読まれない」だけではなく、あわせて通称の使用も検討する方が良いと考えています。

昭和44年の名古屋高等裁判所の判断(抜粋)

自身の氏が奇異、難読、難書であることを理由にして、氏の変更許可を申立てたところ、家庭裁判所は、申立人の氏が、氏の変更のために必要な事由に挙げられている奇異、難読、難書には当たらないとして却下しました。これに対して申立人が高等裁判所へ不服申立をした事例です。

戸籍法107条の規定によつて氏の変更が許されるのは「やむを得ない事由」のある場合に限られるのであるから、難読、難書が右事由に当るといい得るためには、単にその氏に使用される文字が当用漢字に含まれていないとか、時に誤りを生ずることがあるとかいう程度では足りず、その程度は社会の通常人が一見して難読、難書であると感ずる程度に顕著でなければならないものというべきであり、また或る氏が奇異であるか否かは、個人の主観を基準としてではなく、社会の通常人が奇異と感ずるか否かを基準として客観的に決せられるべきものというべきである。

抗告人らは、抗告人らの氏「○○」は抗告人らにおいてさえ誤記することがあり、社会の大多数の者がその読み方について当惑する旨主張するが、右主張は誇大に過ぎて容易に首肯することができず、「○○」姓の読み書きの困難さの程度は未だ氏の変更を相当とする程顕著なものということはできない。また抗告人らは、「○○」は奇異な氏である旨主張するが、抗告人らの主観において右氏を奇異と感ずるか否かは別として、これを客観的に観察すれば、抗告人らの氏をもつて特に奇異なものであるということもできない。

認められた例:奇妙な氏である/難しくて正確に読まれない

ここでは、過去に許可をされた例をあげます。奇異を理由にする場合は、ただ珍しいだけではなく、漢字や読みがネガティブな意味合いになっている場合、許可される傾向にあります。難読は、インターネット等で稀少氏を簡単に調べられるようになり、どんどん難しくなっていると思います。

認められた例:奇妙な氏である/難しくて正確に読まれない
  • 誤記等で、存在しない漢字が戸籍の氏に記録されているような場合
  • 氏が特定の職業を意味するような場合
  • 氏の読みが性的な意味を持つような場合、下ネタになってしまうような場合
  • 氏の読みが反社会的な意味を持つような場合
  • 日本国内に100人もいないようなとても稀な氏の場合
  • 動物等生物を表す漢字が使われていて、その動物が嘲笑、軽蔑の対象になっているような場合

いずれも、昭和の頃の裁判例なので、現在もこのまま通用するかというと難しいところです。

認められなかった例:奇妙な氏である/難しくて正確に読まれない

認められなかった例:奇妙な氏である/難しくて正確に読まれない
  • 漢字を読みかえられて、いじめの対象になるよう場合。
  • 珍しい氏ではあるけれども、文字自体にも、読みについてもネガティブな意味がない場合
  • ただ漢字の画数が多いだけの場合

繰り返しになってしまいますが、氏の変更のためのやむを得ない理由の中でも、「奇妙な氏である/難しくて正確に読まれない」に該当するかは、とても厳しくなっていると感じます。

通称として永年使用した

通称を名乗り続けたことを理由に、氏の変更の許可を得るための基準としては、東京高等裁判所の昭和38年の裁判例があります。

基準として以下の4つのポイントをあげています。
  1. 長期間にわたって、通称氏が使用されたこと
  2. 社会生活全般において、通称氏が使用されたこと
  3. 戸籍上の氏を名乗るとかえって別人と間違われ、社会に混乱を生ずるような場合
  4. 通称氏を名乗り始めたことについて、合理的な理由があること

1つ目の"長期間にわたって”は20年、30年といった期間を求められます。しかし4つ目の通称氏を名乗り始めた合理的な理由やその他の周辺事情によって短くできることもあります。

2つ目の"社会生活全般において”は、集まった証拠にも関係しますが、特定の集団のみ(例えば親戚の間のみ、職場のみ、趣味の集まりのみ等)だけで使われているような場合は、やむを得ない事由にあたらないと判断される可能性が高いです。名の変更の場合も同様ですが、幅広く通称を名乗ることはとても大切です。

3つ目の"社会に混乱を生ずるような場合"は、とても難しいのですが、具体的なトラブルの事例等があるととても良いです。しかし物理的な証拠が乏しいような場合でも、問題ないことが多いです。

最後に、"合理的な理由があること"です。1つ目と2つ目も重要ですが、私はこれが最も重要だと考えています。即座に氏の変更を許可できないが、氏の変更をすることについて誰もが納得できるような理由がある場合だと考えます。特にこれが強い理由であるけれども、やむを得ないと言い切れないような場合は、名乗っている期間が多少短くても許可されることがあります。

認められた例:通称として永年使用した

認められた例:通称として永年使用した
  • 30年以上に渡り、様々な分野で通称氏を名乗って活動していた人

通称の永年使用だけで許可された例はあまり見当たりません。他の事情と複合的に判断され、許可をされているのだと思います。

認められなかった例:通称として永年使用した

認められなかった例:通称として永年使用した
  • 通称を永年使用していたが、その間に婚姻や養子縁組で氏が変わっている場合
  • 戸籍上の氏の漢字の誤字・俗字を永年使用していた場合
  • 不倫関係にある相手の氏を通称氏として永年使用していた場合

不倫関係にある相手の氏を通称として名乗っている場合は、原則許可されません。例外的に相手方とその配偶者、その親族に害がない場合は許可されることもありますが、とても厳しいです。

外国人の父・母の氏にしたい

外国人を父又は母に持つ日本人又は二重国籍の方は、日本の戸籍上の氏を、裁判所の許可を得て外国人父又は母の氏に変更することができます。戸籍法の条文は、氏の変更とは分けて規定していますが、手続き上は氏の変更の手続きを準用しています。このため、「やむを得ない事由」が必要になると考える裁判官もいますが、実際は「やむを得ない事由」はあまり問題になりません。

3.の「外国人配偶者の氏にしたい」の場合と同様で、自分の戸籍に記録された父又は母の氏と完全一致する氏へ変更することが原則ですが、配偶者の場合と同様に、父又は母の母国の氏の取扱に従った氏へ変更することや、中国・韓国・台湾の人であれば漢字の氏に変更することも可能です。

外国人配偶者の通称氏にしたい

日本に住んでいる外国人は、住民票に通称を登録することができます。この外国人と結婚した人が、配偶者の住民票に登録された通称の氏へ変更することもできます。この場合は、「やむを得ない事由」は一般的な氏の変更と比べて認められやすいですが、婚姻から時間が経っているかどうか、日本人配偶者も相手の通称氏を通称として名乗っているかが重要になります。

また、外国人親の通称氏への変更も可能ですが、この場合は、子供が成人しているかどうかで難易度が変わってきます。

その他

これまでは、裁判所が公開している申立書の記載例に挙げられた、氏の変更のためのやむを得ない例を記載しました。これら以外の事情でも、許可される例はあるので、以下に挙げていきます。

認められた例:その他

認められた例:その他
  • とても珍しい氏の人がストーカー被害にあい、被害から逃れるための氏の変更
  • 誤字・俗字の関係にない略字から正字への変更
  • 戸籍上の父母と親子関係が否定され、戸籍が訂正された後、元の氏を継続する場合
  • 両親の離婚後、再婚相手の戸籍に入籍したが、元の氏の親が死亡しているため民法上の手続きができない場合
  • 転籍や改製等で新戸籍が作られる時に氏を誤記されてしまった場合(戸籍訂正が原則です)

とても珍しい氏の基準は難しいですが、日本国内に100世帯いないような場合は、とても珍しい氏に該当すると考えます。

認められなかった例:その他

認められなかった例:その他
  • 子供のいない親族の氏を継ぐための申立て
  • 親族のお墓や仏壇等、祭祀を継ぐための申立て
  • 氏名を通して読むとおかしな意味になってしまう場合(この場合は氏の変更ではなく、名の変更理由になりえます)

まとめ

裁判所の考えている「やむを得ない事由」の具体例は、過去の裁判例で条件が緩和されているものもありますが、時代とともに変遷しています。しかし、私は、氏の変更以外に解決策がなく、かつ、今すぐに氏を変更しなければならない客観的な事情がある場合は、すぐに許可をされると考えています。差し迫った事情はないけど相当な理由があり、時間的に余裕がある場合は、通称氏を名乗り続けることで、氏の変更の許可を得ることが可能だと考えています。

また民法上、氏を変更できるけれども、事実上不可能になっている場合も、代替え的にやむを得ない事由があると判断される傾向があります。