婚氏続称をして、離婚後も婚姻中の氏を名乗ってきたものの、旧姓に戻すことを決めている方の中でも、氏の変更許可の申立書にどういった理由を書けばよいのか、迷っている方は少なくありません。
戸籍法107条1項の氏の変更許可を得るには「やむを得ない事由」が必要とされていますが、旧姓に戻すための氏の変更の場合、一般的な氏の変更よりも緩和された基準で判断されます。
この記事では、これまでの裁判例をもとに、旧姓に戻すための「やむを得ない事由」を家庭裁判所がどう考えているのかを解説します。
婚氏続称後に旧姓へ戻す場合の「やむを得ない事由」とは
離婚をすると、民法767条1項により、婚姻によって氏を改めた人は原則として婚姻前の氏に戻ります。ただし、同条2項に基づき、離婚の日から3か月以内に戸籍法77条の2の届出をすれば、離婚の際に名乗っていた氏をそのまま名乗り続けることができます。これがいわゆる婚氏続称で、あくまで旧姓に戻るという原則に対する例外的な選択にすぎません。子どもの姓を揃えたい、仕事上の氏を変えたくないなど、離婚時にはそれぞれの事情から婚氏続称が選ばれています。
婚氏続称を選んだ人が、その後改めて旧姓に戻したいと考えた場合、単に取消しの届出をすれば済むわけではありません。戸籍法107条1項により、氏を変更するには家庭裁判所の許可が必要で、その許可を得るには「やむを得ない事由」があると認められることが要件になります。
参考:戸籍法107条
第百七条 やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、氏及び氏の振り仮名を変更することについて家庭裁判所の許可を得て、その許可を得た氏及び氏の振り仮名を届け出なければならない。
以下略
一般に、氏の変更が認められる「やむを得ない事由」は、単なる不便や心理的な好みでは足りず、社会観念上、その氏を名乗り続けることが著しく不当と認められるほどの、客観的に高度な必要性が求められるとされてきました。氏には呼称秩序を安定させる社会的な機能があり、安易な変更を認めない趣旨によるものです。
実際、これまでの高等裁判所の決定でも、氏を変更しなければ社会生活上著しい支障が生じると認められない限り「やむを得ない事由」を満たさないとする立場が繰り返し示されてきました。単に氏に対する好みや、多少の不便があるという程度の理由では、この基準を満たすには不十分とされています。
しかし、婚氏続称後に旧姓へ戻す場合は事情が異なります。旧姓に戻すことは、離婚によって本来生じるはずだった効果に立ち戻るものにすぎず、まったく新しい氏を作り出す場合とは性質が違います。婚氏続称を選んだ時点でも、法律上は旧姓に戻ることが原則であったことに変わりはなく、旧姓への復帰を求める申立ては、いわば原則へ立ち戻ろうとする申立てだといえます。
この点から、婚氏続称後に旧姓へ戻す申立てでは、一般の氏の変更よりも緩やかに「やむを得ない事由」が判断される傾向にあります。具体的にどのような視点から判断されるかは、次の章で見ていきます。
家庭裁判所が判断する主なポイント
「やむを得ない事由」があるかどうかは、単一の基準で機械的に判断されるものではなく、いくつかの視点から総合的に検討されます。
合理的な理由があるか
旧姓に戻すことに合理的な理由があるかを、主に「現状」と「きっかけ」という2つの視点から確認します。
現状|婚氏を名乗り続けることによる不便・支障
婚氏を名乗り続けることによって生じる不便や、周囲との関係で生じる混乱など、具体的な支障が伴っているかどうかが手がかりになります。
求められるのは、深刻な被害や重大なトラブルではありません。日常生活の中で積み重なる小さな不便、あるいは将来的に起こるであろう不便であっても、それが婚氏を名乗り続けることに起因していると説明できれば、十分です。
きっかけ|なぜ今旧姓へ戻したいのか
婚氏続称をしてから一定の期間が経った後に申立てをする場合、家庭裁判所は「なぜこの時期に」という点にも目を向けます。
これは、申立ての時期そのものを問題視しているのではなく、経緯に納得できる背景があるかを確認するためです。生活状況の変化や、婚氏を選んだ当時の事情が解消されたことなど、時期と理由が結びついていれば、この視点は満たされやすくなります。
個別の事情ごとに詳しく知りたい方へ
離婚から長い年月が経ったうえで旧姓に戻したい場合は、離婚後やっぱり旧姓に戻したい方へ|10年・20年後の氏の変更手続きで詳しく解説しています。
子どもの成長がきっかけで旧姓に戻したい場合は、子どもが大きくなったので、やっぱり旧姓に戻したい|戸籍上の氏を戻す手続きで詳しく解説しています。
不当な目的や社会的弊害が生じるおそれがないか
不当な目的での申立てが許可されないのは、旧姓に戻す場合に限った話ではなく、氏の変更手続き全般に共通する許可されない事由です。
実際、平成6年の福岡高等裁判所の決定も「申立てが恣意的なものでないこと」「社会的弊害を生じるおそれのないこと」を要件として示しており、旧姓へ戻すことが不当な効果を狙っていないかは、可否の判断に影響を与えます。
不当な目的の典型的なものとしては、過去の破産歴や犯罪歴を隠ぺいする目的があげられます。また、短期間のうちに何度も氏名を変更している場合も、不当な目的があることを強く疑われます。
たとえば旧姓に戻す場合、短期間に婚姻と離婚を繰り返し、直近の離婚で婚氏続称をしてから間もないうちに申立てをするようなケースが、これにあたります。
こうした事情があると、氏の変更によって第三者との取引や生活上の関係に混乱が生じ、婚氏がすでに広く社会に定着している状況では、社会的弊害を生じるおそれがあるとみなされやすくなります。
裁判例から見る婚氏続称後に旧姓へ戻すときの判断
婚氏続称した後に旧姓へ戻す場合の「やむを得ない事由」は、これまで複数の裁判例によって、一般の氏の変更よりも緩やかに判断されるようになりました。
ここでは、実際に旧姓への変更を認めた4つの高等裁判所の判断を通じて、裁判所がどのような事情を重視しているのかを確認します。
昭和58年東京高裁|旧姓に戻す場合には、「やむを得ない事由」を緩和して解釈することを明らかにした決定
この決定の申立人は、離婚に際し、共有していたマンションの売却を円滑に進める目的で、いったん婚氏を選択しました。売却の目処が立った後に旧姓へ戻る意思を固め、家庭裁判所へ申立てをしましたが、原審では却下されています。
高等裁判所は、婚氏の選択が一時的な事情によるものであっても、申立人がもともと旧姓へ戻る意向を持っていた点を重視しました。
そのうえで、旧姓へ戻すことは離婚による復氏という法律上の原則に立ち戻る申立てにすぎず、新たな氏を作り出す場合とは性質が異なると位置づけています。
この決定から読み取れるのは、次の2点です。判断の中心は、旧姓に戻ることで格別の支障が生じるかどうかにあります。
- 婚氏を選んだ際の判断に落ち度があったとしても、それ自体は不許可の理由にはならない
- 旧姓に戻すための氏の変更申立てでは、「やむを得ない事由」の解釈は緩和される
参考:東京高等裁判所決定(昭和58年11月1日、昭和58年(ラ)第176号)
法律の原則はあくまで離婚により復氏することにあるのであるから、本件申立は法律の原則に沿うものというべく、なんら関係のない氏を創設しようとする場合と異なり、これを認めうることによって社会生活上の混乱ないし弊害が考えられないばかりでなく、却って婚氏を将来とも称することによって社会生活上の混乱ないし弊害が生じるおそれが多分にある。
法律の原則に沿い復氏を求める氏の変更申立は、これによって格別の支障が生じない限り、戸籍法107条1項に定める「やむを得ない事由」を緩和して解釈し、これを許可すべきである。
平成3年大阪高裁|一般の氏の変更ほど厳格に解釈する必要はないとした決定
この決定の申立人は、離婚時に婚氏続称を選択し、両親と同居していました。同居であっても一人だけ婚姻中の氏を名乗っていたため、周囲から不審に思われたり、近隣の同姓者宛の郵便物が誤って配達されたりする不便を抱えていました。婚氏続称から申立てまでの期間は10年以上に及んでいます。
大阪高等裁判所は、以下の2点を確認したうえで、婚氏続称後に旧姓へ戻る場合の「やむを得ない事由」は、一般の氏の変更ほど厳格に判断する必要はないという考え方を示しました。
- 戸籍法107条の氏の変更は、民法上の氏ではなく戸籍上の呼称を変えるにすぎない
- 婚氏続称をしても、民法上はすでに旧姓に復しており、呼称上婚氏を名乗ることを例外的に認めているにすぎない
長期間が経過し婚氏がある程度定着していたとしても、そのことだけで旧姓へ戻すことが妨げられるわけではなく、日常生活上の不便・不自由があれば足りるとされた点が、この決定の実務上の意義です。
参考:大阪高等裁判所決定(平成3年9月4日、平成3年(ラ)第262号)
戸籍法107条所定の氏の変更は、民法上の氏の変更をするものではなく、単に、名とともに個人を特定するための呼称上の氏を変更するにとどまるものであって、民法767条2項に基づく戸籍法七七条の二の婚氏続称届をした場合も同様であり、離婚によって、民法上の氏は婚姻前の氏に復し、ただ、呼称上婚氏を続称することが許されるに過ぎないものとするのが相当である。
すなわち、婚姻によって氏を変更した者が、離婚によって婚姻前の氏に復することは、離婚が行われたことを社会的にも明確にし、新たな身分関係の形成を公示しようとする制度の目的を支えるものであって、ただ、上記必要性を上回る婚氏続称の要求がある場合には、例外的にこれを認めることにしたものと見るのが相当である。
このような見地からは、離婚をして婚氏の続称を選択した者が、その後婚前の氏への変更を求める場合には、戸籍法107条の「やむを得ない理由」の存在については、これを一般の場合ほど厳格に解する必要はない
平成6年福岡高裁|恣意的でなく社会的弊害もないことを重視した決定
この決定の申立人は、離婚時、子どもの保育園が年度途中であったことを考慮して婚氏続称を選びましたが、実際には日常生活のほとんどを旧姓で通しており、婚氏続称からわずか11か月余りで申立てに至っています。
福岡高等裁判所は、婚氏続称を選ぶ経緯には、制度への無知や、本人の意思に反してやむなく選ばざるを得なかった事情など様々なものがあることを踏まえ、厳格な解釈で旧姓への道を閉ざすよりも、緩やかな解釈をとりつつ申立ての濫用を防ぐ方向で判断すべきだとしました。
そのうえで示されたのが、申立てが恣意的なものでないこと、そしてその変更によって社会的弊害が生じるおそれがないことという2つの視点です。婚氏の使用期間が短く社会的に定着していないことも、この判断を後押ししています。
参考:福岡高等裁判所決定(平成6年9月27日、平成6年(ラ)第131号)
しかし、現実には、婚氏続称の選択に至る事情として、制度についての無知や自らの意思に反しつつも婚氏を選ばざるを得ない場合など様々なものが存在するから、厳格な解釈により婚姻前の氏への変更の道を閉ざすよりも、緩やかな解釈をとりつつ、それによる申立乱用の弊害の防止策を考慮するのが相当である。
婚姻前の氏への変更の申立てが恣意的なものでなく、かつ、その変更により社会的弊害を生じるおそれのないような場合には、婚姻前の氏への変更を許可するのが相当である。
平成26年東京高裁|離婚から15年以上経過した事案での総合判断
この決定の申立人は、離婚から15年以上にわたり婚氏を名乗り続けており、婚氏はすでに社会的に定着していると評価されました。それでもなお旧姓への変更が認められた点に、この決定の意義があります。
東京高等裁判所は、民法767条2項で婚氏続称した当時、学齢期であった子どものためだったこと、その子どもがすでに大学を卒業していること、婚姻前の氏である実家の両親と長年同居し屋号を用いて地域とのつながりを築いてきたこと、両親を継ぐ立場として認識されていること、そして子ども自身が氏の変更に同意していることなど、複数の事情を総合的に考慮しました。
この決定からは、婚氏がどれだけ長く定着していても、それ自体が旧姓へ戻すことを妨げる決定的な理由にはならず、民法767条2項当時の事情と、その後の生活状況の変化をあわせて評価する姿勢が読み取れます。
参考:東京高等裁判所決定(平成26年10月2日、平成26年(ラ)第1866号)
離婚後15年以上,婚姻中の氏である「A」を称してきたのであるから,その氏は社会的に定着しているものと認められる。しかし,
- 離婚に際して離婚の際に称していた氏である「A」の続称を選択したのは,当時小学生であった子供のためであることが認められ,子供は,申立時に大学を卒業していたこと
- 抗告人は,離婚後,抗告人の婚姻前の氏である「B」姓の両親と同居し,その後,9年にわたり,両親とともに,屋号で近所付き合いをしてきたこと
- 抗告人には,兄弟がいるが,両親と同居している抗告人が,両親を継ぐものと認識されていること
- 子供は,抗告人が氏を「B」に変更することの許可を求めることについて同意していること
からすれば,本件申立てには,戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」があるものと認めるのが相当である。
個別の事情ごとに詳しく知りたい方へ
この決定のように、離婚から長い年月が経ったうえで旧姓に戻したい場合は、離婚後やっぱり旧姓に戻したい方へ|10年・20年後の氏の変更手続きで詳しく解説しています。
子どもの成長がきっかけで旧姓に戻したい場合は、子どもが大きくなったので、やっぱり旧姓に戻したい|戸籍上の氏を戻す手続きで詳しく解説しています。
申立て理由欄を書く前に整理しておきたい事情
申立書の理由欄は、決まった文例を当てはめれば良いというわけではなく、ご自身の経緯を整理して裁判所に伝えることが大切です。ここでは、そのために整理しておきたい2つのポイントを紹介します。
婚氏続称をした当時の事情
まず振り返っておきたいのが、離婚の際になぜ旧姓へ戻らず、婚氏続称をしたのかという点です。子どもの氏を変えたくない、勤務先で氏を変えたくない、旧姓に戻ることを検討する余裕がなかったなど、当時にはそれぞれの事情があったはずです。
ここで大切なのは、その事情に説明のつかない不自然さがないかを、自分自身で確認しておくことです。婚氏続称をした理由が明確であるほど、その後に旧姓へ戻したいと考えるに至った経緯も伝わりやすくなります。
また、当時の事情を丁寧に振り返っておくことは、申立後に不当な目的によるものではないかと見られないためにも役立ちます。婚氏続称をした理由に一貫性があれば、それだけ申立て全体の説明にも筋が通りやすくなります。
旧姓へ戻したいと考えるようになった事情
次に整理したいのが、なぜ、旧姓に戻したいと考え、家庭裁判所の手続きをしようと決心したかです。婚氏を名乗り続けることによる日常生活上の不便や、生活状況の変化、周囲の環境の変化など、現在に至るまでの経緯を具体的に振り返ります。
当時の事情と現在の事情は、切り離して考えるものではありません。婚氏続称をした理由と、旧姓に戻りたいと考えるようになった理由が、時系列としてつながって説明できるかどうかが、理由欄をまとめるうえでのポイントになります。
この2つの事情を整理したうえで、現在どのような不便や支障を感じているのか、あるいは、どういったことがきっかけで手続きをしようと決心したのかを具体的に書き添えることで、家庭裁判所にも状況が伝わりやすくなります。
曖昧な表現にとどめず、今までの経緯・事情を時系列に沿って具体的に記入していくことが、申立ての理由をまとめるうえでの基本になります。
申立書の具体的な書き方を知りたい方へ
整理した事情を、実際の申立書にどう書き込むかについては、氏の変更許可申立書の書き方|家庭裁判所への申立てを司法書士が解説で、各欄の記載方法とあわせて詳しく解説しています。
よくある質問
離婚後に婚氏続称をした場合、理由欄に何を書けばよいか分からないのですが、文例はありますか。
決まった文例を当てはめるよりも、ご自身の婚氏続称をした当時の事情と旧姓に戻したいと考えたきっかけを、ご自身の言葉で時系列に沿って整理することが基本になります。整理の視点は本文(申立て理由欄を書く前に整理しておきたい事情)で解説しています。
離婚後に婚氏続称をしたこと自体が、後で旧姓に戻す際に不利になりますか。
婚氏続称をしたこと自体が不利に働くわけではありません。ただし、経緯に不自然な点がある場合は、その点を丁寧に説明する必要があります。
紹介されている裁判例のような事情と完全に一致しなくても、離婚後に旧姓へ戻すことは認められますか。
紹介した裁判例は、家庭裁判所がどのような視点で判断しているかを示す実例であり、まったく同じ事情でなければ許可されないというものではありません。ただし、当然に許可されるわけではなく、ご自身の事情を整理して伝えることが必要です。
まとめ
婚氏続称は、離婚後に旧姓へ戻るという法律上の原則に対する、あくまで例外的な選択です。婚氏続称をした後に改めて旧姓へ戻すには、家庭裁判所の許可が必要で、戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」があると認められなければなりません。
もっとも、旧姓へ戻す場合の「やむを得ない事由」は、一般の氏の変更よりも緩やかに判断される傾向にあります。家庭裁判所は、旧姓に戻すことに合理的な理由があるか、そして不当な目的や社会的弊害が生じるおそれがないかを、総合的に確認しています。
申立ての際は、婚氏続称をした当時の事情と、旧姓へ戻したいと考えるようになった経緯を、時系列に沿って整理しておくことが、理由欄をまとめるうえでの基本になります。
ご自身の状況が、これまで見てきた判断のポイントにどう当てはまるか迷う場合は、相談することも検討してみてください。